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世間はホワイトデーだったようだが、件名の用事があったので関係なかった。たぶんそうだと思う。そうだということにしておきたい。そう考えておくことが精神の安寧(=穏やかで平和なこと)を招くと強く信じている。
去年の3月31日が祖母の葬式だった。なぜそこまでキッチリと覚えているかというと、春期講習の最終日に代講を出したからだ。「葬式に招待状はない」という表現があるように、葬式だけはしょうがない。
葬式が終わって、出棺。火葬場に祖母の体は行くわけだが、僕と叔母さんの一人は自宅で留守番(二人とも子ども・孫の最年少なのだ)。出棺の前に、棺を花で満たし、釘を打つという儀式がある。僕にとっての葬式は、花で満たすことで終わりだった。釘も、お骨を拾うことも僕にとってはどうでもよかった。
僕は自宅でフリージアを育てている。毎年桜が咲く数日前に黄色い花が咲く。一人暮らしを始めた8年前に実家から持ってきて、同じ球根で毎年咲いてくれる。葬式の日、フリージアは満開の直前だった。僕はその一部を切り取り、とても小さな花束を作った。根元をアルミホイルで包んで。
葬式は11時頃からだった。9時過ぎに祖母の自宅に着いた。明るい暖かい晴れた日で、僕はその花束を陽の当たる玄関の片隅に置いた。花が開いていく。葬式が進む。最後のお別れです・・・。棺おけを開き、彼女を花で満たす。親戚たちは花をもっと入れてあげろと僕に促す。必要ないよ、みんなで入れてあげてと僕は自分の中で答える。もう僕はフリージアを入れたのだ。僕の弔いは終わっている。
「葬式狙い空き巣」を防止するために、玄関に立つ。そこに僕のフリージアはない。静かな春の始まり。
今年は暖冬で、フリージアは今週末にも咲き出しそうだ。
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