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まるでパセリのようだ |
1月8日 |
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7時40分起床。
早起きが板についてしまった、じゃなくて習慣になってしまったみたいで、ま
だ6時間ちょっとしか眠っていない。仕事量というかコマ数が一昨日から昨日に
かけてガクンと減ったから、疲れていないということもあるんだろう。朝食には
久しぶりのフレンチトースト。
のんびりと過ごした。
HPの作業は、もうすぐ公開の「冬のアドバイス」。昨日になってはじめて「
センター試験前に公開」のルールを思い出して、慌てた。授業がそうであるよう
に、受験も終盤になればなるほど
説教の意味が減っていく
ものだから、なんということもない作業。
昨晩から、リビングと書斎のあいだにある戸を閉めた。
暖房効率を考えてのこと。リビングにあるソファが中心的な居場所で、こうや
ってPCに向かうときは書斎を背にしている。床暖房はリビング・ダイニングに
しかないから、どうしても背中がスースーするような感触がある。戸を閉めてし
まうと閉鎖された雰囲気になるけれど、僕はどちらかと言えば
ほどよく狭い空間
が好きだから、この時期にはこれもいいかも。問題点は小さなCD・MDラジカ
セ(って言わないのか今は?)が書斎にあることで、音楽が聴けなくなってしま
うこと。柔軟に使い分けていこう。
仕事をしたり本を読んだりヒミツの花園をやったり。
お昼前に外出して昼食。また新しい店を発見した。バーがランチ営業を始めた
ようで、今までは店の存在自体に気がついていなかった。ほんとうに不況だね。
定番と思われるカレーライスはふつうの味だった。たまには使うかな程度。
買い物はのんびりと。
ヒマなので電車に乗って信頼できる魚屋さんに行った。とても安くてとても美
味しい魚を売ってくれる店である。明日まで日持ちしそうな刺身を何種類か買う
。地元に戻ってスーパーを渡り歩く。肉と野菜と卵をそれぞれ別の店で買った。
手間ではあるが、時間ならたくさんある。同じスーパーで買うばかりだと
食材や料理に偏り
が出ることもあるし。昼食こみで2時間半くらいウロウロしていた。
少し雲が出たけれど、昨日よりはよく晴れた。
明日は雨か雪の予報だけどどうなるだろう。冬らしい寒さは続いていて、昼間
でも少しだけ床暖房を稼動させる必要があった。特にやることもない昼下がりに
、紅茶を飲みながら読書をするのはたのしい。もちろん昼寝もした。
『女を叱るボキャブラリー』諸井薫を読了。
週刊誌連載のエッセイを集めたもので、タイトルには特に意味がない。
内容というより著者の人間性が僕にはまったく合わなかった。
出版社に勤めつつ作家業を営んだ著者は昭和1ケタ生まれである。
この世代にありがちな価値観が並ぶ。旧態依然、男尊女卑、右傾思想、頑迷、
過去への追憶、意固地、昔は良かった、戦中派、亭主関白、教育勅語、八紘一宇
。さいごの2つが自分でもよくわからないが、そういう思想・信条にあふれてい
る。ここに挙げた価値観のいくつかは僕も大切にしているし、僕の中にある思想
の1部であることは認めてもいい。
しかし、だからこそ、腹立たしい。
僕自身の中にある汚い部分を見せられているようで、自己嫌悪に似た不愉快な
思いを本書のあちこちで感じることになった。たとえば、本書収録エッセイでは
やや亜流の内容ではあるが、「朝餉への我執」をみてみよう。おかずは魚の干物
が良いそうだ。
>近頃は女性雑誌などで干物をまとめ買いしてホームフリージングしておけば、
味は少しも変わらないなどといい加減なことを教えているが、そんな無神経な説
を真に受けたりしないよう、干物は毎日夕方に買わせたものを翌朝食するように
して、買い置きなどもっての他というのが私のところの不文律になっている。
好みってのは勝手なものだからいいとして。
「買わせた」って何だよ。お前、殿様か?
>四季折々によって変わる味噌汁の実、自家製の夏の糠漬け、冬の白菜漬けに加
えて、京菜や広島高菜といった好物の漬け物も、季節季節には抜け目なく食膳に
上げ、それが一つ一つ私ののぞむ当たり前であってさえくれれば、私の朝の機嫌
はまずまずなのだから、こんな御し易い亭主もいないのではないか。
あんたバカぁ?
本当にバカね。何が「御し易い」だ。女房を召使い扱いしてる、オレにはそれ
がデキルんだっていう自慢話じゃないか。この男根崇拝主義め(関係ないかなw
)。お前のいう「当たり前」の状況を構築するのに、どれほどの家事が必要にな
るのかも知らないのか。糠漬けってのは野菜を糠の中に入れてハイ出来上がりっ
てもんじゃねぇんだぞ。古臭いにも程がある。
「昔は良かった」というのは年寄りでなくても年配者の特権とも言えるセリフ
だ。
そして、そういうセリフを忌み嫌った若者が長じて(ちょうじて=年を取って
)同じことを言うようになるものである。その意味では、こういう戦中派の戯言
がまだ残っていても悪いことはないし、いつか彼らとそれらは消えていく。本書
は1990年代の前半に書かれたもので、共感を覚える世代もまだいるだろう。それ
でも、確実に消えようとしていっているのは間違いあるまい。もうこの著者の本
は読まない。愚書、消えるべし。バッサリ。
夕飯のメインはアジの刺身。
思ったとおり脂がのっていて旨かった。少しだけマグロの中落ち(赤身)。こ
っちもなかなか。餅は餅屋じゃないけれど、魚は魚屋さんと言ってもいいだろう
。スーパーの刺身では限界もあるし、そもそも高い。
うっかりしてパセリを買ってしまった。
実はというほどでもないが、好きな野菜である。サンドイッチのわきについて
いるパセリを食べ残す人の気が知れないくらい。しかしこれ、どうやって食べる
のだろう。生食以外の方法はないように思う。
アジの刺身と一緒に。
マッチするのだろうか。ぱくり。まずい。ではマグロと。まずい。やたらと味
が濃いというか、自己主張が強い。おそらく、普通に売っている野菜の中では大
葉よりも高価なものだろう。そのくせ、そのまま食べても別に旨くないのだ。
半ばヤケクソになってチーズと一緒に食べてみた
が、これも何だかなあという感じ。ここまで日記を書き上げてみて思ったことが
ある。
なんだかなあ。
読者様も考えているだろうことがある。
なんだかなあ。
だから、こういう件名になる。 |
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