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essay エッセイ
ピンクハウス、
あるいはカールヘルム
5月11日
  初めてその服を着たのは98年の夏だったと思う。その当時の同僚に誕生日プレゼントとして半袖のトレーナーと赤いポロシャツを貰ったのだ。パッチワークの多い、金のかかった服だと思った。20代の後半で着るにはふさわしいかもしれない。反感覚悟で書くが、10代の子どもに似合う服じゃない。

  カールヘルムというのは「ピンクハウス」というブランドの中の男性バージョンである。ピンクハウスを知らない人に説明をするなら、
「森尾由美がよく着ているヒラヒラの服」
というとよく通じるみたいだ。

  千葉駅近くにカールヘルムの支店があった。僕は何かのついでにそこを訪れ、クマさん柄のシャツを2つ買う。とんでもなく派手で、とんでもなく可愛らしく、とんでもなく高かった(長袖で1着2万以上が基本ライン)。でも一目ぼれだ。服は、自分と目があったときに買うものなんだ。恋と同じだよね。
  そのあとしばらくして千葉支店は閉鎖される。しょうがないから千葉県は市川妙典のSATYの支店に行く。そこで出会った店長はOさんという。身長は160センチくらいでヒゲをたくわえた小男だ。客である僕の顔色を見ながらではあるにせよ、新作を遠慮なく勧めてくる。当然だ。

  ベッドタウンである市川妙典のSATYなんて、平日の昼間は暇だ。あげくに不況でピンクハウス。客なんているはずがない。僕はそこでOさんに様々な色調の基本(あくまでピンクハウス的なものだけど)を教えてもらう。僕も休日だし、まあ暇つぶしにそこで長居する。最高はその店舗に3時間の滞在だ。たまにはお茶くらい出せって感じだ。
  ふだんは時間がなくて買い物ができないので、洋服はまとめ買いする。だからというか、その市川妙典での1回のお買い上げ額はけっこういった。ここはGAPではないし、アルマーニではない。だから1回の来店で10万円近くも買う客はいないのだ。挙句に店はヒマだ。本来のピンクハウスもBABYピンクハウスも客も全くいない。Oさんが僕に付き合うのも無理はない。上客だ。

  しかしその店舗は間もなく閉鎖し、Oさんは柏そごうの店舗に移動になる。どうせ買うならなじみの店員がいたほうがラクだ。柏にも何回か顔を出す。
  さらに不況と不景気は拍車がかかり、千葉県からピンクハウスの店は消える。Oさんもどこにいったかわからない…と思ったら1年近くだってからダイレクトメールが来る。

  「銀座プランタン店にいます」

  短い付き合いだった。彼がそこにいたのは1年くらいだったろうか。彼はついに退職するというハガキが来た。たぶん、(本人には聞けなかったけど)リストラだ。
  彼が退職する4日前に僕は銀座に行く。名刺くらい渡しておこうかと思うけど、彼はその隙を作らずあくまで店員的な最後の挨拶をする。彼は言う。
「素敵な服を着て、いい授業をしてください」
僕は言う。
「またどこかで会いましょう」

  たかがアパレルメーカーの店員との付き合いだって、大事なことなんだ。これも一期一会。
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