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essay エッセイ
あたかも大きな石のように(前編) 5月4日

  ケータイ電話は、かつて鈍器だった。

  いきなり日本語の説明から始まって申し訳ないのだが、鈍器(どんき)とは辞 書の定義では

「鋭くないが、重みのある刃物」

となる。英語では a blunt instrument という。
  しかし一般的には

「その重さゆえに殺人の道具となるようなもの」

くらいの イミで使われる。たとえば巨大な花瓶や石のようなもので、人を撲殺する道具で ある。

>被害者の後頭部には鈍器で殴られたようなあとがあった。


  ケータイの話だった。
  僕が人生で初めて生でケータイを見たのは大学2年生、たしか1991年のこ とだ。場所は千葉県某所の麻雀屋さん。対局者の1人が対局中に使っていたのだ 。大きさは百科事典2冊をガムテープでくっつけたくらい。数値にすれば高さ20センチ、横幅8センチ、奥行き25センチくらいである。

  この時代だと、たぶん自動車電話を携帯用に改良したくらいのものだろう。
  持ち運べるように、クルマから切り離したようなやつ。

「あー、今ジャン荘なんだよ」
「うんうん、だからさ、またそれは」
「そうそう、じゃあそれはそういうことで」
「よろしくー」

  これが所有者本人が独りで鈍器に向かってしゃべっていた言葉である。
  電話でしゃべる人の姿を見たことは何度もあったけど、鈍器に向かって人間が 話すことに軽い(いや、けっこうキツ目の)ショックを覚えた。


  2年後、1993年。
  大学のサークルの後輩T君がケータイを買ったという。T君は1年生、僕は4 年生。大学サークルの世界だと「王様と下僕」くらいの関係になる。
  ケータイは小型化が進み、大根を半分に切ってタテに割ったくらいの大きさに なっている。数値にすれば高さ5センチ、横幅5センチ、奥行き15センチくら いだろうか。まだ何とか、鈍器としての役割を果たすかもしれない。

僕「おい、Tよ、それはケータイか?」
T 「そうです。買ったんですよ」
僕「ほう。ちょっと貸せ」
T 「マジっすか」

  どれどれ。自宅に電話してみる。

「もしもし、ああ、たけしです」
「そうそう、大学」
「いやいや、いまケータイで電話してんのよ」
「ってことで、今日の夜メシはいらないから」

  2分くらいだろうか。これが鈍器に話しかけた僕の最初の経験である。
  するとT君が半べそになっている。

T 「あのですね、信原さん」
僕「なんだ?」
T 「電話代高いんですよ」
僕「そうだろうなあ」
T 「そんな下らない用件なんですかッ!」
僕「まあいいじゃないか。俺が払うわけじゃない」


  同世代の友人たちの一部がケータイ所有を始めたのは95年ごろ。
  そして98年。僕の教え子たちの世代まで浸透してきた。鈍器としての役割は すでに失われていた(後編に続く)。
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