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村上春樹その5 7月22日
  長編小説について。

  春樹は極めて寡作な作家である。
  25年の作家生活で、長編小説はたったの11冊。1979年6月に『風の歌を聴け』でデビューし、『1973年のピンボール』を経て、3作目の『羊をめぐる冒険』が1982年の10月に出版。ここまでは普通の新人作家の執筆ペースだが、ここから作品出版のインタバルが長くなる。


  『風』から『羊』までが初期3部作と呼ばれている。登場人物が原則的に同じ。「僕」と親友の「鼠」とバーテンダーの「ジェイ」の3人が小説の世界を構築している。
  今になって読めば、ストーリーテリングの甘さが目に付く小説たちだ。特に『風』と『ピンボール』はそうである。全ての章は文庫本で5ページ足らずで終わり、そのたびに場面が切り替わる。

  実際に、春樹本人はこの2作を書いているときは東京でジャズバーを経営する兼業作家だった。
  飼い猫ピーターから名前を取った『ピーターキャット』で「玉ねぎを大量に剥きながら」ロールキャベツを作っていた。店主としての仕事を終えて帰宅してから、「台所のテーブルで」小説を書いていたようだ。

  その後、作家を本業とするために店の権利を売り千葉県船橋市(自衛隊習志野駐屯地の近くらしい)に移り住んでから『羊』を執筆している。


  『羊』から3年過ぎた1985年。
  一部のファンからは最高傑作とされる『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が出版される。

  2年過ぎて1987年。
  春樹作品で最高のベストセラー『ノルウェイの森』。
  『ノルウェイ』を書いたころの春樹はヨーロッパに住んでいた。40歳になる直前に「まだ老け込む年齢じゃない、見るべきものがある」として奥さんを連れて移住したわけだ。

  1988年。
  「自分のフィールドに戻った気分」で『ダンス・ダンス・ダンス』を書く。僕はこの本から全ての長編を発表と同時に読むようになった(18歳でした)。


  このあたりから執筆ペースがひどく落ちる。


  約4年のブランクを経て1992年。
  中編に近い長編『国境の南、太陽の西』。
  春樹によれば、『国境の南』は「ねじまき鳥から派生した小説」ということになる。もともと『ねじまき鳥』(後述)として書いた小説があり、「筋が入り組みすぎている」という指摘を奥さんの陽子さんから受けて『国境の南』として独立した小説になった。

  さらに2年たった1994年。
  『ねじまき鳥クロニクル』。
  この大長編は「泥棒かささぎ」「予言する鳥」「鳥刺し男」の3編に分かれているが、最初の2編が同時に出版された後に1年4ヶ月のブランクがあって完結編である「鳥刺し男」が出版されている。春樹は「2編で終わるはずだったが、書き足りないことがあった」と述べている。登場人物の多くが入れ替わり、最初の2編と最後の1編に共通する登場人物もそれぞれに異なった行動を取る。
  春樹は「それは(この作品の)きずのようなもの」と欠点を認めている。

  4年たって1999年。
  『スプートニクの恋人』。
  発表前の彼のHPによれば、これは「スタイリッシュな作品」と説明されている。前作の『ねじまき』が「物語を展開して外に開いていく小説」であるなら、『スプートニク』は「文体を展開して内に向かう小説」だと春樹は書いている。不自然でしつこいほどの比喩が頻出しながらも、彼の小説の定番となったモチーフである「向こう側とこちら側」を描いている。

  3年が過ぎた2002年。
  『海辺のカフカ』。
  春樹自身も「『世界の終わり』のあとを描きたかった」と述懐している。主人公が森に入っていくシーンはハルキストにとっては待ち焦がれたものだったろう。
  入念な伏線の張り方、ストーリーに直結しない遊びの文章、永遠のテーマともいえる「向こう側とこちら側」。今までの小説に盛り込まれた全てが凝縮されている。

  さらに2年が過ぎて2004年。
  2006年現在の最新作になるのが『アフターダーク』。まるで初期の作品に戻ったような、明確なストーリーのない物語。


  春樹の作品に対する評論には「これで春樹は終わりだ、もう何も書けまい」というものが多いという。もちろん僕は専門家ではないし、最初からリアルタイムで読んでいたわけでもないが、軽い失望を感じた作品は3つある。

・『国境の南』→その次に『ねじまき鳥』
・『スプートニク』→その次に『カフカ』
・『アフターダーク』→その次は?

  失望を感じた直後の作品は僕にとってのトップ2である。

追記:各小説については後日。
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