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マンション探しを始めて数年。
まず問題になるのは、僕のように独り者が買うことである。つぎに問題になるのは、僕のように「非カタギ」が買うことである。
何しろ予備校講師たる下層階級というのは社会的認知度ゼロ、信用ゼロ、基本的人権の付与少々(と信じたい)であるから、即金でポンと買うならともかく、ローンを組もうとすると面倒なことになる。
しかも契約は1年限定で、時給労働者。社員証なんてものはないし、会社の正確な住所なんてものも覚えてない。会社の庇護を受けていないから、厚生年金はないし経費は使えないし労働組合もないし国民健康保険を利用するしかない。つまり予備校講師が持ちうるものは何もなく、仮にあるとすれば「俺は予備校講師だ文句あるかぁゴルァ」とわめき散らす権利くらいである。
犯罪者として逮捕されても「自称予備校講師」なんて新聞に書かれることもあるし(実話)、早い話がまともな職業として認知されていないのである。
あ。
これは「予備校講師の実情Z」ではなかった。家を買う話だ。ではショールームを見学してきます。
まず最初に面談を受け、筆記試験を受ける、じゃないや書類を書かされる。
・現地周辺の知識は?
・予算は?
・自己資金は?
・年収は?
・勤め先は?
・家族構成は?
・他の物件は見ている?
かなりぶしつけな質問が並ぶ。
客であるこっちが「買ってやる」のではなく、「買わせていただく」という立場なのであろう。年収はともかく、勤め先ってあなた。
店員または係員の目を盗んで財布からメモを取り出す。こそこそ。なんとか書けた。やれやれ。
予算と自己資金って何だ?
えーと、これは考えるに
「手持ちの金、具体的には頭金にできる金額=自己資金」
「自己資金+借金(するつもり)の金額=予算」
ということであろうか。ほっといてくれよ、借金するのは俺なんだから。
というわけにもいかず、やや見栄を張って記入。疲れるな。
店員または係員Aによる物件の説明。
もちろん商売なので 「え。あんた、いくら出せんの? ヤル気あんの? 予習で辞書引くなって言っただろ、ボケナス」 などと予備校講師のようなトークはせずに(当然だ)、なごやかに話は進む。20分くらいってとこか。
この説明が、面談というかカウンセリングチックなのが実感できる。
「どのくらい買う気があるのか」「いくら出せるのか」「どのくらいの不動産知識があるのか(ないならダマして売るつもりなのだろう)」などをチェックしているようだ。
以下は僕の推測にすぎないが、店員または係員による僕の値踏みは以下の通り。
・周辺知識が異常にあるな。地元民か?
・独り者かよ、こりゃダメだな。適当でいいや。
・あれ。意外に自己資金が多いぞ。
・年収が年齢のわりに高いな、何やってんだ?
・なんだよ、この職業は?
・その時計、ロレックスか?
値踏みが終了したということで(そんなことは言ってなかったけど)、モデルルーム見学です。
マンションの中で一番広い部屋を改築したバージョンとのこと。まずは玄関から。玄関のドアの造作(ぞうさく=ものの造りのこと)の説明から。
A 「ここです、ここ。のぞき穴に室内からフタができるんです。これでのぞかれる心配ナシ!」
僕「はあ(なんじゃそれは。ついさっきまでオートロックのセキュリティーの高さを説明してたじゃないか)」
風呂の説明。
風呂場と洗面所の仕切りがガラスになっている。ラブホテルか、ここは。
僕「丸見えじゃないですか」
A 「いえいえ、これが最近の流行でして、風呂場が広く感じられるって話なんですよ。オプションなんですけどね」
僕「ってこたあ風呂場が狭いのか」
A 「え(・・・なんだこの客は)、ああまあ、ははは」
台所の説明。
ディスポーザーは標準装備だという。食器洗い機もビルトインされている。
僕「食洗機(しょくせんき)かあ、便利だね」
A 「いえ、それはオプションで」
僕「オプションが多いね」
A 「全てのオプションには、OPTIONというシールが張ってあります」
なるほど、インテリアとしてのヤカンにもシールがある。ヤカンというのはマンションのおまけにはならないのだろう。
僕「広いですね、台所。でも、この家には冷蔵庫がないの?」
A 「あ、それは用意していません(ちょっと頼むよ、この客)」
僕「食器棚と冷蔵庫があると・・・そんなに広くないな」
A 「ここです、ここ!」
指差した先には作りつけの棚がある。
幅20センチで奥行きも同じくらいか。
A 「デッドスペースの有効活用ォ!」
僕「ないよりはマシかなあ」
A 「・・・」
僕「これもオプションなんでしょ?」
A 「いえ、それは標準装備ですッ!(もうイヤこの客)」
この後もエンエンと以下のような説明が続く。
・このカーテンはオプション
・この手すりはホンモノと同じ
・このタイルは3通りから選べる
・ここは押入れを改造
すげえ疲れる。これが初日。
追記:このシリーズは2006年春の実情です。不定期連載で2007年7月に完成します。
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