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春樹の代表作とされる『ノルウェイの森』を初めて読んだ
のは高校3年生のときだった。正直に言えば第一印象は決して良くなかった。
僕は中学生の頃から古い日本の小説をよく読んできたので、その性的なシーン
の描写には面食らった。まあ、たぶん「いいなあ」くらいの感想だったと思う。
たぶん。
もちろん僕は春樹の作品を数多くの人に読んでもらいたいと思うから、これら
のエッセイを書いている。
初心者に春樹を紹介する場合に、トップバッターに来るべき『ノルウェイの森
』。
・・・とは思わない。この作品は春樹の小説のなかでは異色なのだ。
『ノルウェイの森』
僕の唯一の友人だったキズキ君は高校時代に自殺して、僕は故郷を離れて東京
で暮らす大学生だ。自分の行き場を見つけれない生活の中で、キズキの昔の恋人
、直子に偶然の再会をする。そして同時に大学の後輩の緑に出会う。死の影をひ
きずる直子、生命の息吹を感じさせる緑。行き場はどちらなのか。春樹の作品中
で最高のベストセラー。
この作品の最大のトピックは、その内容よりもその爆発的な売れ方にある。
発売当時の1987年、純文学で300万部を突破した日本唯一の作品だった(ほぼ
15年後『世界の中心で、愛をさけぶ』がこの記録を破る)。
そこまでのベストセラーとなれば社会現象の一部となるし、それだけ著者の春
樹にも負担はかかる。その異常な混乱を避けるために、春樹はヨーロッパに移住
しているほどだ(その詳しい顛末は紀行エッセイ『遠い太鼓』)。
のちになってから、『ノルウェイ』を書く前の春樹と村上龍とのやり取り
が書かれている。
龍「春樹さんもミリオンセラー(=100万部以上売れた本)を1つ書いておくと
いいよ」
これに対し春樹は「気楽なことを言うやつだな」と思ったそうだ。そしてそれ
が実現してみて、龍が言いたかったことが理解できたという。
舞台は1969年の早稲田大学(と仮定しておく)。
春樹自身は「とくに勉強しなかったけど、まあ入れた」としている大学である
。第1文学部演劇専攻に属する「僕」から物語は始まる。
行き場のない恋愛小説だ。その結末は最初の章に明示されている。主人公のワ
タナベ君は37歳になって、19歳のときの風景を思い出す。京都の山奥にある、秋
の晴れた草原。直子はふたつの願いをワタナベ君に告げる。ひとつは自分がワタ
ナベ君に感謝していること。もうひとつ。
>私のことを覚えていてほしいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいた
ことをずっと覚えていてくれる?
彼女は自分が存在しなくなることを知っている。
>何故彼女が僕に向かって「私を忘れないで」と頼んだのか、その理由も今の僕
にはわかる。もちろん直子は知っていたのだ。僕の中で彼女に関する記憶がいつ
か薄らいでいくであろうということを。
春樹の小説は全て現実にありえない話ばかりだ。
得体の知れない生き物が出てきたり、幽霊が出てきたり、現実と同じように時
間が流れないことすらある。
しかし『ノルウェイ』だけは「ガチガチのリアリズム小説」である。現実にあ
ったという意味ではなく、ありえたこと、あってもおかしくなかった、あって欲
しかった記憶の小説である。
この作品をもって春樹の代表作とすることに納得はいかないけれど、やはり早
い段階で紹介するべき作品なのかもしれない。
僕(信原)はもうすぐ37歳になる。
そのとき、僕は語るべき恋を持っているだろうか。語るに足る言葉を持ってい
るだろうか。そして、記憶しているだろうか。自信はない。
すでに40回ほど読み終えた本書を、37歳になるまでに読み返してみたい。自分
の記憶の井戸を探しながら。
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