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あらゆる商業店舗には看板がある。
飲み屋であれば、和風なのか中華なのかスナックなのか天ぷらなのかランパブ
であるか、看板を見ることで判断ができる。たとえば
「和風スナック すみれ」
と出ていれば、小股の切れ上がった女将がビール(小瓶)をついでくれるのだろ
う。あるいは
「キャバクラ エンゼル・キャッツ」
と出ていれば、うへへな感じのお姉ちゃんが煙草に火をつけてくれるのだろう(
どこでも同じか)。
大阪の夜だった。
僕は1軒目の焼き鳥屋での一人酒を楽しんだあと、軽くもう1軒行こうかと街
を徘徊していた。
大阪の路地はわかりにくい。
道が直角に交わってはいけないというルールがあるらしく、道をたどっていく
うちに方向感覚を失くす。夜の大阪を訪れたのはまだ数回であり、僕はJR大阪
駅のあるだろう方角を常に確認しながら一人で飲める店を探していた。小粋な小
料理あたりでさらっと熱燗の2合も飲めるのがいいだろう。そうさな、「和風創
作料理 越前」みたいな店はないかな。
一人酒は難しい。
僕は僕なりに旅先であちこちの店を試しているつもりだが、いかんせん経験が
浅く「この店構えなら邪魔にならず呑めるな」と思うことができない。じっさい
に入ってみると、それほどハズしもなく1勝1敗くらいのペースで来ていると思
うが、知らない土地で知らない店に入るのは非常に勇気が必要だ。ましてここは
大阪。一つ間違えれば、
「なんやわれぇ! 関東モンやないけぇ。われ、浪速をなめとるんか。西成のタ
コ部屋にぶちこんだるわ!」
となるかもしれない。びくびく。
飲み屋が少ない通りに出た。
住宅街というほどではないが、どちらかと言えば道は暗い。繁華街でざっと目
に付く店の数が50とすれば、この通りは8軒くらいか。大阪駅から近いわりには
寂しいとも言えるし、逆に言えば落ち着いた雰囲気もある。繁華街でないという
ことは、それなりにきちんとした店である可能性も上がる(注:同時にひどい店
の頻度も上がる)。看板をチェックしながら歩く。
「焼うどん テ×」
ほう、焼うどん屋かあ珍しいなあと思って通り過ぎる。
え、と思って立ち止まる。焼うどん屋?
看板に「焼ソバ」とある店は、多くはないが存在する。
メニューに「焼うどん」とある店は、ほとんどないが存在はする。しかし、看
板に「焼うどん」とある店は、たぶんない。そんなバカな・・・と通過。いやし
かし。テ×(伏字)というのは店の名前らしい。
店の前に戻り店内の様子をうかがう。
小さな店だろう。テーブルが3つくらい、あとはカウンターか。店員は2人か
3人くらいだろうか。テーブルに3〜4人組の客が・・・2組いるかな。カウン
ターには、ゼロかいても1人だ。店先のメニューを見ると「モツ煮」のような文
字があるから、単純な食事の店ではない。
しかし、「焼うどん」屋。
君よ、入店する気はあるか?
ふたたび店を通過して、再び店先に戻る(さらにもう1度繰り返した)。
俺、勇気を出せ。今ここで入店しなければ、おそらく一生「焼うどん」屋には
入れない。たぶん、日本または世界でここにしか「焼うどん」屋は存在しないだ
ろう。今ここで勇気を出せなければ、一生に一度のチャンスが失われてしまうの
だ。がんばれ、俺。でも、大阪の極道が出てきたらどうしよう?
「なんやわれぇ! かんともんが焼うどん喰おうやて。大阪をなめとるんやない
で・・・(以下略)」
普通の店だった(-.-)
普通というのは店の作りとか客層のこと。ヤクザもいなかったし、ちゃんと指
は全部揃ったまま帰ることができた。
しかし、普通ではないのが焼うどんである。
女将(沢口靖子似。美人)にいろいろと説明してもらう。
女「うちは焼うどんが名物なんですよ」
僕「はー、たしかに看板にそうあったね、だから入ったんだけど」
女「ホントですかあ」
僕「だって、焼うどんなんて看板、見たことないよ」
女「食べてみてくださいよ」
僕「つまり焼うどんだよね?」
女「ホルモンが入っているんです」
僕「はあ」
女「ツケダレで食べます」
僕「焼うどんを? タレで?」
女「そういう料理法があるんですよ」
僕「はあ」
女「佐用郡ってとこなんですが、知ってます?」
僕「(知るわけないだろ)うーん」
ここで女将さんの話と、帰宅してから僕がネットで集めた事実らしきものを確
認しよう。
佐用郡というのは兵庫県西部、岡山県との県境あたりにある過疎の郡らしい。
佐用はもともと「さよ」だったが、今は「さよう」と読むとか。牛肉の産地であ
るためか、ホルモン焼が名物である。中でも、ホルモンを入れた「ホルモン焼う
どん」が名産であるらしい。実際に、それを地域の名産としてメニューに入れて
いる店舗があるようだ。
女「食べてみましょうよ」
僕「でも、タレ、なんでしょう?」
女「ホルモンはダメですか」
僕「いや好きだけど(本当は焼うどんこそが好きなのだが)」
女「ここまで来たら食べてみるしかないでしょう」
僕「うーん、まあそうだな」
僕が注文したのは何とかかんとかスペシャルということで1000円。
普通の「ホルモン焼うどん」だと750円(だったと思う)。作成過程は良く見
えなかったが、普通の焼うどんと同じだろう。肉とホルモンを炒めてからキャベ
ツ・青ネギを加え、最後にうどんを入れる。うどんが全体量の半分くらい。この
店では酒のツマミ用ということもあるのか、あたためられた鉄鍋に入って出てき
た。
とりあえず写真を撮る。
女「ブログか何かやってますか?」
僕「え、ああまあ、そんなものを(コテコテのHPだけど)」
女「タレをおつくりしますね」
僕「はあ」
タレは基本的に自分でブレンドするものらしい。
しょう油とポン酢がベースで、好みで一味唐辛子と生ニンニク。僕は香辛料が
好きなので両方とも加えてもらう。
まずタレなしで食べる。
うすく塩(コショウも?)で味がついているが、これだけだと物足りない。タ
レをつけるとピタリと来る。ポン酢の酸味がホルモンとあうというか。
女「どうです」
僕「あの、これが、えーと、そこの名物・・・」
女「佐用です」
僕「さようで(全くウケなかった)。で、これが名物として売り出されているん
ですか?」
女「そうですよ、店とか普通にあるし」
僕「焼うどん、が名産((+_+))」
女「疑ってるんですよね?」
僕「ふつうウタグルんじゃないかなあ・・・」
女「ほんとですってば」
僕「そこ、本当に日本なんですよね?」
女「・・・(どういう客なんだ)」
1時間ほどで退店。
女将にブログを教えてと言われたので、このサイトの名前だけ紙に書いて「検
索してくださいね」と頼む。URLを覚えていないもので。翌朝までに訪問して
くれたそうで、掲示板にカキコまでしてくれた。ありがとう。
お会計は焼うどん、日本酒利き酒セット、日本酒1合で2500円。
個人的な関係を無視して、この店を辛口批評しておくと、なかなか旨い日本酒
を置いていたが熱燗がないのが残念。ホルモンなので焼酎が合うと思われるが、
何かクセの強い日本酒を用意してもいいのではないか。僕が熱燗好きであるとい
う個人的事情は別にしても、メインメニューが特殊な店だけに「客の間口」を広
げたほうが得策だと思う。
このエッセイを書くためにネットで調べてみた。
やはり「焼うどん」という言葉自体が店名に入っている店は見つからなかった
。検索すればメニューに「焼うどん」が入っているのはいくらでもあったが。ま
た、佐用にある店もほとんどが「ホルモン焼」ということで、ホルモンの食べ方
で最もメジャーなものが「ホルモン入り焼うどん」であるようだ。あくまで佐用
地区に限定されるとは思うが・・・。
最後に、この「焼うどん入り看板」の店に入ってよかったかどうか?
もちろん、入って良かった。事前に予想したように、たぶんこれが我が人生で
唯一の経験になっただろう。今後20年以内に猛烈な焼うどんブームが起こって(
松浦亜弥が焼うどんソングを歌うなど)焼うどん店がメジャーになることは絶対
にないと思うから。
次に大阪に行く機会があったら、絶対に再訪しなくては。
焼ウドンの偏愛者としての旅は続く(が、行き先は大阪に限られる)。
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