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絵がうまく描けない。
一般に右脳が映像や音楽といった芸術的活動を司り、左脳が言語などの論理思考を司ると言われている。以前にも何回か書いたように、僕は左半身に障害が多い(耳の聞こえが悪く、目が明らかに悪く、腰は左から痛み、手足が冷えるのは左側から)から、右脳に障害があるんじゃないか、と疑っている。
しかし周知のように、右脳と左脳にそんな機能の違いがあるのかどうか、科学的には立証されていない。
そうなってくると、僕の絵が拙い理由を脳のせいにすることはできない。何かもっと違う理由があるはずだ。
幼稚園のときだった。
何かの課題で、たぶん遠足か何かの様子を描けと言われた。両親や家族が来る集まりのようなもので、その絵は全て展示されるということ。1つのイベントに向けて努力する、という初歩的な幼児教育の1つだと思われる。
遠足なので、自分を含めた園児を描かなければならない。
園児なので、けっこうたくさんの人を描かなければならない。周りの様子も描かなければならない。8つ切りの画用紙(40×30センチくらい?)に描くには、少しスケールの大きすぎる場面である。画材はクレヨン。
僕は考えた。
自分を含めた園児1人1人を描いていては、全体が見えないだろう。遠足であることを閲覧者にわからせるためには、人間よりも背景を詳細に描く必要がある。しかし、画用紙は小さい、狭い。園児を描くことが条件の1つになっていたはずなので、まさかゾウさんの絵だけというわけにもいかない(遠足は動物園だった)。
絵は完成した。
創作の悩みを初めて体験したといってもいいだろう。展覧会当日がやってきた。もちろん僕の母親も来ていただろうし、他の園児についても母親が来ていたはずだ。僕の絵が話題になった。
僕は人間の姿を記号に変えることにしたのだ。
○が顔をあらわす。その下に伸びる1本の線が胴体をあらわす。胴体上部と下部からは、左右に2本の線が伸びている。合計4本の線は、もちろん手足をあらわす。いまここに書かれた文章に従って描けば誰にでも再生できる、あの「人を示す記号」である。
こうすることによって、園児たちの画面上のサイズは小さくなった。
僕が希望した通りに、ゾウさんとオリの絵は大きくすることが可能になり、その周りを記号としての園児が取り巻く、という理想の絵が完成した。
ところが、僕以外の園児たちは、人間の姿をきちんと絵にしていたのだ。
それぞれの人間には顔があり、そこは「はだいろ」で塗られていて、目や口といった顔のパーツが描きこまれている。当然それぞれの人間は大きくなりすぎて、いったい何のシーンを描いたものなのかわからない。園児にしては人数も少ない。まあ、4、5人といったところか。これでは遠足らしくないじゃないか、と僕は思った。
さらにところが、大人たちの反応は僕が予想したものではなかった。
僕が描いた「記号としての人間の絵」は、かなり異様なものに見えたようなのだ。幼稚園生だから、正確な言葉はわからない。僕の母親がどういう受け答えをしていたのかもわからない。しかし確実にわかったのは、
「信原くんは、人間を記号にして描いてしまっている(けど、アタマ大丈夫?)」
という論調だった。
僕は特に傷ついたりはしなかった。
そうか、大人というのは絵を記号化することを嫌がる人種なのだな、と冷めた目で彼らの存在を把握した。でも、この構図は園児を記号にするから可能になったのであって、他の園児がどう描いているかなんて関係ないな、と感じた。
その後も、絵を描くのは好きではなかった。
どうして絵を描く必要があるのか、そればかり考えながら描かされた(小学校教育というのは、なぜあれほどに絵を描かせるのか?)。絵にするよりも、言葉で説明したほうが早いじゃないか。絵は、そこにあるものをそのまま写せるわけでもないし、完成した絵のせいで、観る人は絵の見方を限定するしかなくなるじゃないか。
伝える手段に、なぜ言葉を選ばない?
なぜ、記号を使ってはいけない?
高校1年生のとき、初めて油絵を描くチャンスを与えられた。
それまでは水彩画だけだった。美術の先生の指導は、
「そうなっていることを描くのではなくて、そうあるように見える心象風景を描きなさい」
というようなものだった。さすがに心象風景という言葉は使わなかった(相手が15歳だからなあ)けれど、そういう意味の指導だった。
美術室には、静物画にするための素材がいくつかあった。
果物の模型が多かった。プラスチックでできた、生命観に欠けた果物たちだ。僕は赤いリンゴを選んだ。このリンゴは少しも赤くないな、そう思いながら緑や青の入り混じったリンゴを描いた。
何回かの授業が終わったあとで、美術の先生は僕が描いた絵を見本として生徒たちに紹介した。
こういう感じで、見えたままを描こうとしないように、という良い例として選ばれたのだ。僕は自分の絵をほめられたという経験を持たなかったから、(子どもらしく)少し嬉しくもあったし、誇らしくもあったし、また同時に悲しくもあった。
でも、絵なんかで伝えられることって、限界があるじゃないか?
それから10年くらい。
僕は20代の半ばを過ぎてから、絵の展覧会を観に行くようになった。それほどの頻度ではない。それからの10年ほどで数えれば、2年に3回くらいのペースだろうか。自分で描くことには限界を感じているけれど、描かれた絵を観るのは楽しいことなのだ、と思うようになった。
今でも、黒板に絵を描くことがある。
ウシ、豚、ネズミ、猫、イヌなどはほとんど同じ絵で表現される。たぶん4つ足の動物なら、ゾウだってトラだって同じ絵になるだろう。一般的にあまりにも下手なのか、生徒たちは僕の絵を観て笑いをこらえることができない。そういう彼らの反応を観て、いつも思う。
おかしいなあ、通じないなあ、うまく描けているのに。
ひょっとして、下手なのかな?
もっとうまくあらわす方法があるはずなんだけどな?
僕はこれからも下手な絵を喜んで描き続けるだろう。
今では絵を描くのがとても好きだ。
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