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日記を書く意味の再考2 5月1日
  日記もこのくらい長く(期間と1日の量)なってくると、多少のネタ作りは普通になってくる。
  ねつ造するのではなくて、あれを書こうこれも書こうと考えてしまうわけだ。ただ、それら全てを本当に書くことはない。だいたいは、書いてから削るか、書く前に「これはいらないか」と思って頭の中から削ってしまう。それで残ったものが珠玉の内容なのかというとそうでもなくて、まあ毎日の記述に見られるような、「だからナンだって言うんだ」という内容ばかりになる。以上は以前にも書いた話である。


  ある日の日記に、こう書こうと思ったのだ。

>人類学者のレヴィ・ストロースが100歳になったんだとさ。げー、びっくり。この人、まだ生きてたの? 歴史上の人物(坪内逍遥くらい)になってると思ってたんだけど・・・。


  レヴィ・ストロースの本は、たしか『悲しき熱帯』を読もうとしてやめた(難しかったか、つまらなかったか、たぶんその両方)記憶がある。
  20年以上前のことだから、僕が中学生のころだと思う。

  だから彼が生存していたことには関心を持ったし、驚いたのだ。
  日記に書いておこうかと思ったけれど、はたしてどれほどの読者様にとって意味のある記述になるだろうかと考えた。常識的にレヴィ・ストロースなんて名前も知らない、という人が97%くらいだろうし。もし『よびわる』読者にレヴィ・ストロースを知っている人がいても、

「え、信原のボケナス、レヴィ・ストロースの名前なんか知ってたの? バカのくせに? どうせ名前しか知らないんだよな?」

と思われるのが関の山だろう。まあ、確かに事実上は名前しか知らないけど・・・。


  すると、もしレヴィ・ストロースを日記で扱うとすれば、比喩をどうするかという問題解決が求められる。
  このエッセイでは坪内逍遥と書いてみたけれど、これもけっこうマイナーだし、さすがに明治の文豪ではやりすぎじゃないかとも考えた。そうだなあ、まだ実は生きてるけど(事情は後述)、誰もが故人だと思っていて、それである程度まで知名度のある作家風情か・・・だれかいるかな。

武者小路実篤。

  どうだろう。
  おおむね、大正時代の文豪ととらえていいだろう。没年は1976年、昭和で言えば51年だ。僕自身は彼の小説を中学生のころに盛んに読んだし、彼は果物や野菜などのイラストも書いたから、「実篤」と署名のある絵を見たことがある人もいるだろう。

  現実に、僕は「え、この人、最近まで生きてたの?」と思ったことがある。
  漫画家の東海林さだおが武者小路実篤先生に会う、という東海林のエッセイを読んだことがあるのだ。僕としてはということだが、生きている武者小路実篤に出会ったことがある人(ここでは東海林)がいるなんて、と中学生の僕は大きなショックを受けたのだ。だって、武者小路実篤って歴史上の人物では?


  さて、レヴィ・ストロースに話を戻す。
  以上のようにじくじく考えた僕は、結局この話題を日記に取り上げることを諦めた。武者小路実篤だって、かなりマイナーだ。そもそも、「今」の時点では故人だし。自分の知らない固有名詞が列挙される文章は一般に不愉快なものである。読者の心のヒダのどこかに少しだけ引っかかるように書かれなければ、読まれることはまずないのだ。

  その翌日、僕はふだんから愛読している某ブログを拝見した。
  すると、そのブロガーは何の臆面もなく(失礼だが)

「えー、レヴィ・ストロースって生きてたのぉ。歴史の一部だと思ってたよw」

という趣旨のことを書いていた。別に、ふだんから学問だの文芸だのというジャンルに特化したブログではないというのに。


  やられた・・・。
  僕が取り上げるかどうかをけっこう真剣に考えて、しかも捨てた内容を、そのブロガーは(少なくとも見かけ上は)アッサリと取り上げたのだ。そして何よりその内容は、読者である僕の心のヒダにざっくりとひっかかったのだ。書こうと思ったことをどこまで書くか書かないかは、

素人の書き手にとって永遠のテーマ

である。

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