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敷金はいくら戻るか? 1月29日
  敷金(しききん)とは、家屋の賃貸契約をするときに、借りる人が貸す人に預ける保証金のこと。
  基本的に家賃の滞納があったときの保証金で、2〜3ヶ月分を入居前に預ける ものだ。特別な問題がなければ退去時に全額返金される。


  以上が、タテマエである。
  日本には「タテマエ」と「ホンネ」の文化があると書いたのは小泉八雲(ラフ カディオ・ハーン)であったか、ルース・ベネディクトであったか、土居健郎で あったか、ローレンス・スターンであったか、定かではない(誰かは書いている ような気がする)。ホンネ、つまり真実は

「敷金、少しでも多く分捕ったるで」
と貸主は考え、借主は

「敷金、少しでも多く返せよな」

と考えているということである。

  本来、つまりタテマエとしては、借主が退去時に払うのは「現状回復費」のみ である。
  壁にドリルで開けた直径20センチの穴を埋めるとか、壁に描いたフレスコ画を 消すとか、その手の

「フツー、住んでいるだけならそういうことはしないだろ」

という行為を帳消しにするお金のことである。家は住んでいるあいだに傷んでい くものだから、畳が古くなった、フスマが古くなった、天井が古くなった、女房 が古くなったなどのマイナスの埋め合わせは貸主の処理に任せるべきものである 。

  ところがもちろん、現実は異なる。
  大家(貸主)または仲介の不動産業者が、勝手に「これこれでいくらかかる」 と計算をして、借主に「これだけ戻ります」と通告してくるのである。現状回復 費が借主の負担になるのは契約書に明記されているからわからんでもないが( つまりクリーニング代ですね)、それ以外の費用も「借主が払う前提、そのため に敷金を取っておいたのだ」という前提で話を進めてくるのである。


  ここで、僕が現実に経験した敷金の戻りに関する具体的な金額を書いておこう 。
  もちろんプライバシー保護や大家さんの尊厳の維持などを考慮して、金額には 定数をかけてあり、単位は円。借主にはどれだけの負担が求められるものなのか ?


=僕が前払いしているもの
敷金(家賃3か月分) 360,000

=僕が払えと言われたもの
1日分家賃          4,000
クリーニング代       40,000
LDK クロス張替え    12,000
洗面室 床張替え      6,000
トイレ 床張替え       3,600
玄関・廊下 床張替え    4,800
和室 ふすま張替え     15,000
和室 天袋張替え       6,000
和室 畳表替え        30,000
エアコンキャップ取り付け  4,800
ドア廻りスポンジ除去    7,000
LDK 床張替え        42,000
合計            175,200

=大家さんが払うと言われたもの
和室 壁クロス張替え  26,000
和室 天井張替え      13,800
洋室 クロス張替え    26,000
洋室 天井張替え        9,000
LDK 天井張替え     16,000
洋室 天井張替え        9,000
洋室 クロス張替え     28,600
洗面室 天井張替え      2,200
洗面室 クロス張替え    9,500
トイレ 天井張替え      1,300
トイレ クロス張替え    9,560
廊下 天井張替え       2,900
廊下 クロス張替え     13,800
全部屋 幅木取替え     30,000
全部屋 建て付け調整 28,000
合計           234,760


  「何じゃこりゃ(-_-)」と思った人が多いだろう。
  ざっくり計算すると、敷金の半額くらいが「取られて」しまうのである。僕は このマンションに7年以上住んだので、

「経年劣化はオレのせいじゃないもんね 」

というスタンスを取るつもりだった。また一方で、契約書というタテマエの件 は別として、「長く住ませてもらったし、少しくらいは修復費を出してもいいか な」と日本人的ウェット思考をしていた。

  しかし、この金額を聞いて驚いた。
  最初はトータルの額だけ説明されたので、詳細を説明させたのが上記である。 部屋は3LDKで、修理をしないのは2つの洋室の床のみである。クロスという のは壁紙のこと。幅木というのは床と壁の接着部分にある細い木枠のことである 。取り替えるのも張り替えるのも大家さんの勝手だが、オレがこんなに負担しな きゃならないのか?


  小額訴訟、という言葉がアタマに浮かんだ。
  このようにタテマエとしての契約書に違反した「ホンネ」請求が貸主のやり方 だから、訴えて出て消費者の権利を守ろうではないか、という裁判の制度である 。費用は数万円程度(のちに9,000円と聞いたが定かではない)、裁判は1日で決 着。しかし、僕は新居に移って気分よく新しい生活を始めたいと思っている。面 倒はごめんである。

  ここが、貸主の狙いなのだ。
  退去した以上、貸主と借主の関係はお金さえ決着すればチャラである。借主が そこに戻ることは普通はないから、借主はさっさとケリをつけたいのである。極 端なことを言えば、

「金で済むことは済ませてしまいたい」

と思うのが人情であ る。貸主は、こういう借主の心情につけこんでいるのである。


  仲介の不動産業者の説得。

>当社で考えあわせますと、このあたりがお互いに気持ちよく清算できるライン なのではないかと。大家さんの意向も汲みたいし、信原さんのお気持ちもあるで しょう。ですから床に関係するものは信原さんに払っていただき、それ以外は、 まあ壁と天井ですが、大家さんが出すということでいかがでしょうか?

  キレるならこのタイミングだった。

>ふざけろよ、オレが特殊な使い方で汚したわけでもあるまいし、こんなに払う 言われがどこにあるんだよッ。小額訴訟だ、大家にそう伝えておけッ! ガチャ ン(電話を切る音)。

  いまどきの電話がガチャンと切れるかよ、というツッコミはなしね(^^ゞ 
  気に入らないことを暗示するべく鼻を鳴らすと、説得は続く。

>大家さんも最近はあのマンションの出費が多い。エントランスやエレベーター や、何やかやとお金がかかっている。家賃も信原さんが住んでいるあいだは据え 置きした。全てを払ったら、回収するのに半年近くかかる。賃貸としては安い物 件ではないので空室リスクもあるし、なかなか厳しいところなのだ。

  そんなの、大家の都合じゃないか。
  ああいやだいやだ、早くこの話を終わらせたい、というのが正直な感想だった 。今こうして振り返ってみれば、もうこの時点で負けゲームなのである。日本人 的ウェット思考につけこまれているのである。


  僕に払う理由がありそうなもの。
  1日分の家賃とクリーニング代は当然だろう。エアコンキャップというのは、 エアコンのダクトを通す穴をふさぐもの。もちろん取り外したからどこかにある はずだが、転居騒動の中でそんなものが見つかるわけもない。これも仕方がない 。ドア廻りスポンジ除去というのは、隙間風をふせぐために僕が貼り付けたもの で、これも僕の責任。

  他はねえ・・・。
  フスマは払うべきなのだろうか。煙草吸ってたけど、7年も人が住んだらどっ ちにしても張替えするもんだろう。畳も同じだ。LDKのクロスは微妙かな。こ れも煙草を吸っていたという引け目。しかし、

床の張替え

ってのは何だよ。洗面 所もトイレも普通にしか使ってないぞ。絶対おかしいよな。でもまあ、今キレる タイミングを逃したなあ。

  せめて交渉しよう。

LDK 床張替え 42,000

  これを大家さんと半分ずつにしようじゃないか。
  論拠は、長く住んだということに尽きる。何の問題も起こさず、静かに7年も 住んでやったんだぞ。ゴミ出しのルールも遵守したぞ。そのくらいいいじゃない か。この交渉が不成立なら、違うところに話を持っていく(軽い脅しまたはせめ てもの抵抗)。そのあたり、こっちも譲歩するからそっちも譲歩してくれないか 。不動産屋さんは「その旨、伝えてみます」とのこと。


  30分後に電話。

>折半の希望とお伝えしたところ、ではこっち(大家さん)が7割払うから折れ てくれないか、との由。

=交渉したものの結果
LDK 床張替え 44,000
  ↓
僕          =13,200
大家さん      =30,800


  いい加減な話である。
  僕が折半の話題を持ち出さなければ、そのまま敷金の半分を分捕るつもりだっ たのだ。金額の配分に法的な根拠は見いだせず(ってか僕は法律のことを何も知 らないんだけど)、話の流れだけで清算が成立してしまうのである。

  このエッセイの教訓は明白である。

初めから争うつもりでやれば、(きっと)敷金の大半は取り返せる。


  日本人的ウェット思考をどこかに捨てて、本気で取り組むことだ。
  しかしまあ、それがなかなか心情的に難しいんだよね。僕としては結果的に負 け戦だったけど、

「少しでも減額できただけいいか、忘れよう

というのがホン ネ。皆さんは僕の例を他山の石として、チャンスがあったら頑張ってください。


追記:書き上げてから思ったのは、クロスや床はともかく天井なんか本当に張り 替えているのかな、ということ。
汚れはともかく、何かが接触することはまずあ りえない箇所だから、クリーニング代だけで済むように思える。幅木も築10年ち ょっとでは取り替える必要がないと思われる。
全ては交渉を容易にするための「 架空計上」ではないかと疑っている。もう確かめる手段がないのだが。
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