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この『高砂屋旅館』はディープだった。
部屋にはバスもトイレもなく、旅館というより民宿だ。そして、これがまたお
かしな話なのだけど、館内の風呂には温泉が引かれていないのだ。前記のように
徒歩10秒のところに町営浴場があるから、らしい。また、この温泉街の売りであ
る
「蔵王温泉 大露天風呂」
というものがあるため、らしい。大露天風呂って、ナンだろうと思いませんか。
おかみさんに質問する。
温泉街のハズレにあって、ここからだと徒歩20分。
でもクルマで送迎する。本当は400円くらいかかるけど、旅館の宿泊客はタダ。
暗くなる前に行きなさいよ、とのこと。わかりました。ちょうど他の客も送迎してもらうところだったので、急いで浴衣に着替える。
なるほど、たしかに大露天風呂だ。
山の中の渓流沿いに作られていて、もちろん男女別浴。混雑してはいるけれど
、なにぶん山の中なので森林浴をかねて温泉につかることができる。明確な湯船はなく、自然に少し手を入れて、岩場を風呂に改造したというところ。
問題は、洗い場がないこと。
完全に自然の中に作られているから、そもそも蛇口すら存在しない。しかも温泉の成分のために、石けんなどは使用厳禁である(何とかガスが発生して大量殺戮になる、という注意書きがあった)。旅先なので頭を洗えないのはキツイ。
宿に戻る。
頭洗いたいんでとおかみさんに申し出て、宿の風呂を使わせてもらうことに。
風呂場は古いが清潔で、温泉でないのが非常に残念。いまこうして書いてみてわかったのだけど、上記の事情から
温泉を引くと石けんが使えない
という問題を回避しているのだろう。他の立派な温泉宿はどうしているのだろう
か。
夕飯は旨かった。
たいしたものが出ないけれど、ちゃんと作ったものばかりで感動した。『じゃらん』の評価で「食事は4.9」となっていて、それをアテにして正解だった。客は3組しかいないようで、料理人かつ運び人のおかみさんと話す。僕は旅先で誰かと話すのを好まないが、とても人当たりのよいおかみさんで、たまにはこういうこともある。
『じゃらん』に登録したのは1年前だという。
この不景気で客が少なく、馴染みのお客さんはいるけれど困っていたという。
あるお客さんに
「『じゃらん』に登録して客層を広げてみたら?」
と提案されたとか。ネットなんてあれまぁーの世界だったけれど(なにぶん、かなりの田舎である)、少しずつお客さんは増えているとか。もともと料理屋だったという由来もあって料理には力を入れていて、その料理が高く評価されてありがたい限り、という話だった。
食器はほとんどが伊万里焼。
料理屋時代から付き合いのある人が旅館に出入りしているためなのだそうな。
何かの料理について僕が質問すると、料理好きだとバレたらしく、おかみさんは喋る喋る。彼女の話がおもしろいのでイロイロと話し込む。
僕が予備校講師だと知ったら、常連さんにも同業者がいると言う。
狭い業界で知られるけれど、こんな(失礼)ところにまで出入りしている輩(
失礼)までいたのか。彼の名前を訊いたら、知っているような知らないような、
であった。
「河合塾文理の××(教科名)の先生で」
「へぇ、仙台から来るんだ(文理って古いというか懐かしいというか)」
「福島の予備校にも行ってるとか」
「そっかぁ、福島からも山形は近いですね」
「きょう夜遅くなるけど空いてる? なんて電話くださるんですよ」
「授業が終わってから来るんですね。よく来るんですか?」
「んーでもねぇ、最近は1年くらいいらしてないかしらねえ」
福島から山形は新幹線なら1時間10分。
仙台からなら、仙山線で1時間半。このやりとりでわかるのは、山形は仙台文化の影響を受けていること。山形にとっての都会とは仙台である。山形県人はお怒りになるかもしれないけれど、現実的にそうですよね?
呑みの付き合いをさせてしまったようで申し訳ない。
食後に出てきたフルーツ皿を見て。
「ほう、これスチューベンじゃないですか、さすが山形ですね」
「あらぁ、良く知ってるわねぇ・・・」
「ほら、左沢(あてらざわ)線とか、フルーツラインって呼んでるじゃないです
か」
「お客さん、山形マニアなんですか? あてらざわなんて誰も読めませんよ」
という調子。良い宿でした、みなさんも機会があればどうぞ。ただし、民宿仕様だからカップルだと無理よ(^^)
翌朝、朝食前に徒歩20秒の町営浴場へ。
夏の1時期だけ200円で、閑散期は無料。完全な木造建築で、湯船のみ洗い場なし。湯船は4畳半くらいで狭いが、木と温泉の匂いが混じりあって、古きよき昭和の世界を具現している。お湯はたぶん掛け流し。絶品の朝風呂だった。
追記:代金は1泊2食で9500円。ビール大瓶1本600円。日本酒は「男山」2合で
900円。食事と渋い温泉のみを追求するには理想的でリズナブルな宿だろう。
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