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手袋 4月11日

  手袋は、気がつけばなくなっているものだ。
 ぼくが手袋をどこかに落としたか置き忘れたのかと気づいたのは、立ち食いそば店を出るときだった。自転車に乗ろうとして、解錠する。あ、手袋しなきゃとダウンジャケットのポケットをまさぐる。ない。ない?

 ぼくは他の場所を探す。
 内ポケットとか、ありえないけどジーパンのポケットとか、エコバックの中だとか。それでも見つからない。そうか、いまお金を自販機で払ったから、置き忘れたのかと店内に戻る。でも、ない。あれあれ。


 おかしいな。
 この前に手袋をはめたのはどこだっけ? そもそも、そば店に入る前に着用していたのだろうか。記憶はハッキリしない。家を出るときに手袋を持ちだしたのは覚えている。ぼくは手荒れするから、冬場に自転車に乗るときは手袋を欠かさない。

 やるべきことは1つしかない。
 さっき立ち寄った新古書店から、ここに来るまでになくしたのだ。自宅から新古書店まで、手袋を脱ぐタイミングはない。あれ、その前にスーパーに寄ったな。クレジットカードで支払いしたから(いや、そうでなくても――スーパーで手袋を外さないことがあるだろうか?)、そこまでは問題ない。だから、ここから新古書店、そしてスーパーまでの道のりを戻るしかない。


 ぼくは自分が通った道をわりに正確に覚えている。
 思いつくままに道を進むことはほとんどないし、もしそうしたとしても、過去10分くらいならばキッチリ覚えている。道のどちら側を進んだかはもとより、どの縁石を踏んだか、どちら側で何を見たかも覚えている。

 そば店を出て、自転車をゆっくり走らせる。
 手袋が落ちていたら、人はどうするだろう。うん、無視する。自分の手袋ではないし、金銭的・商品的価値もない。他人の靴に足を入れてみることがないように、人は他人の手袋に自分の手を入れない。触ろうとも思わない。だから、落ちている場所さえ特定できれば、きっと取り戻せる。


 新古書店に至る。
 見つからなかった。店に入り、落し物として届いていないかと質問する。店員は2つの手袋を取りだす。黒と、子どもが身につけるカラフルなもの。どちらも片方ずつである。そうだよな、手袋は2つ揃ってはじめて能力を発揮するから、1つがなくなってしまえばもう1つも不要になる。彼らは(仮に手袋たちをこう呼ぼう)連れあいをなくして行き場もなくしている。

 店を出る。
 もう1度戻ってみようか。ぼくの茶色の手袋たちは、2人とも連れあいを求めてどこかに落ちているはずだ。たとえ2つ揃って落ちていたとしても、彼らを拾って持ち逃げする人がいるはずもない。はやく戻ってきてほしい。2人そろって。


 川べりの道で、片方を見つける。
 ぺたっと地面に落ちていたのだ。さっきも通ったはずなのに、と思う。右手ぶんだ。どこかに置き忘れたのではなく、落としたということがこれで確定した。片方だけ手袋をして自転車に乗るはずがない。もう1つは、どこかに落ちている。それもきっと、この1つと同じようなところに。

 そば店まで戻る。
 見つからない。ぼくは右手だけに手袋をして自転車に乗っている。奇妙な姿だけど、わざわざ注視する人もいるまい。

もう1つを見つけなければいけない。

ぼくが左手ぶんを見つけたいのではなくて、右手ぶんが連れあいを求めている。手袋は常に一対のものでなければいけない。


 しかし、これが最後だとも思う。
 もう1度走って新古書店に着いたら、捜索は打ち切るしかない。まさか、一対1,000円の手袋を探すために、いつまでも時間を使うわけにはいかない。その時間で新しい手袋を買えば良い。右手ぶんはとりあえず押入れのどこかに仕舞われて、いつか捨てられることになるだろう。捨てるのはぼくだ。

 同じ道を走る。
 これで4回目だ。1回目は落とした。3回目には右手ぶんを見つけた。タイミングよく夕暮れが近づいてきて、寒くなってきた。手袋のない左手は冷えてきた。俺がひきはがしてしまったんだ、すまなかった。


 川べりで左手ぶんを見つけた。
 右手ぶんが落ちていたのと同じような場所だ。しかし、左手ぶんはなぜか低木の上に置かれていた。拾った誰かが、落とした誰かが(つまりぼくだ)見つけやすいように、拾っておいてくれたのだろう。手袋たちは新しくこそないが古びてもいないから、

捨てられていたわけではなくて落とされたのだ

と思ってもらえたのだろう。ぼくが拾いにくる可能性を考えてくれたのだ。


 左手ぶんを装着する。
 手袋たちは一対の輝きを取り戻す。手袋に包まれた手の暖かさを感じる。良かったな、と思う。君たちは、ぼくが間違えて引き離しそうになったけれど、もういちど一対の役割を取り戻すことができたのだ。

もしできることなら、ぼくと君たちはずっと一緒にいられればいいのに。

日は暮れていく。



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