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essay エッセイ
はじめての歯医者 5月12日

 正確には、初めてではない。
 小学校低学年のころ、歯医者に行ったことがある。それまで(それからも・このエッセイを書くまでは)僕の歯は健康優良児レベルで、何も問題がなかった。しかし学校の健康診断でお医者にいくつかの×印を頂き、

>悔しいから歯医者に連れていってくれ

と親に頼んだのだ。しかし×印は単に「永久歯が乳歯に代わっているプロセス」を示すとのことで、当の歯医者は

>こんなことで来るんじゃねーよバカガキ

といった視線を僕に投げた。知らないんだからしょうがないだろ、とマセガキの僕は思った。僕はマセていたけれどバカではなかった(その後でバカにもなったが)。


 そして、48歳も終盤のこと。
 半年ほど前から右下の親知らずが痛んでいて、気にしてきた。もちろん親知らずが生えたのは20代前半くらいだったけれど、今さら伸びてきたのか(そんなことあるのか?)、ずいぶん痛んだ。

 ある日、昼寝をしていたら痛みで目が覚めてしまった。
 もうこれはダメだろう、あのムカつく歯医者に診てもらうよりないと決心し、ネット検索。家の近くに(わりに)評判の良さそうな歯科があったので、予約をした。電話をかけた翌日のことだ。

 この予約というシステムが変わってるよな。
 予約が必要な医者って、他にない。医者なんだから、患者が求めてきたら応召義務があるんじゃないのか。心無い医者は

>歯医者? あんなのは医者の大工だ

とか、

>歯医者? あんなのは大工が医者のフリをしてるんだ

なんて言うそうだ(僕が言ったわけじゃないので苦情メール禁止)。僕も先の件があって「できるだけ関わらないようにしよう」として生きてきた。


 さて実践。
 ずいぶん綺麗な店舗で驚く。ピカピカでおしゃれな待合室。狭いけれど、一流ホテルのロビーみたい。歯医者って儲かるんだよな、と確信。予約制だけあって予約時間の寸前に飛び込んでくる患者ばかりで、空いている。初回なので問診票だかアンケートだかを書かされる。すぐに診察室へ。

 先生は20代半ばのおねいさんだった。
 仮名としてリナ(里奈)を与えよう。ショートカットでスレンダー。着衣の開いた胸元がちょっとセクシーで、まあご面相も悪くなく、

お願いされたら1回くらいいいよな

と思うレベルだ(お願いされないと思う)。あれあれ、トクしたなあと思ったら、リナは歯科衛生士。なんだよ・・・。


 リナが問診をするわけだ。
 初期設定というのかな、予備校の授業だと。症状を訊いて、口内の写真を撮り、レントゲンも撮り、概況(親知らずの隣に虫歯がありますよ)を説明し、

どういう治療を求めているか

を質問してくる。どういう治療って何だ?

 質問の意味がわからない。
 僕の希望は「痛いから治してくれ」であって、それ以上でも以下でもない。意味がわからないのですが、と訊いてみたら、

え、歯医者さんは初めてなんですか?

とビックリされた。そうなの、初めてなの、優しくしてね、ていうか今度1回呑みに行きませんかLINE交換しませんか?


 違った。
 上記のように本当に初めてではないのだが、説明するのも面倒なので初めてということにした。リナは聡明で、

>なるほど、それでは説明されないとわからないですね

と細かいことを教えてくれた。これこれこういう症状があるから、こういう治療になると思う。詳しいところはこれから先生が説明しますが概略はこうです。気立てもいいリナである。

 他にも悪いところがあると。
 歯周病。これは40代前半から自覚があった。知覚過敏とどう違うのかはわからない。ドライマウスは自己申告。領域としては歯科になるらしい。さらに

左下の親知らずの隣にも虫歯がある

そうだ。こちら(の治療)は後回しでは、とリナの見立て。


 そんなこんなで30分。
 さらに10分ほどして、今度は本物の先生のおでまし。あれま、女医さん・・・。

 歯科衛生士のリナと違って、ややぽっちゃり。
 年齢は30代前半くらいだろうか。美人ではないけれど感じは良い。どちらかと言えば平安時代に生まれると美人扱いされたと思うが、年齢のわりに肌も綺麗だ。玉枝(タマエ)と命名。言葉が優しい。説明するときに

ずいぶんと僕の近くに寄って

くる。良い香りがする。人にはコンファタブル・ゾーンというものがあるけれど、玉枝のそれは20センチくらいである。女の人にこんなに顔を寄せられるのは、えー、むかし・・・。

>先生は親知らずだか虫歯だかの治療に来たんですか、それとも女子の品定めをしに来ているんですか?


 治療の方針を迫られる。
 できれば別のモノを迫られたいところだが、それはさておき。玉枝は

・とにかく右下の親知らずを抜く

を納得してくれれば、あとは僕の希望を聞く方針らしい。とりあえず抜歯は来月の予約になった。望むところである(注:リナの説明では、麻酔が利くから痛くはない、問題は抜いた後ですとのこと;ホントなのぉ?)。

 ではどうするの?
 説明してくれたのだが、よくわからない。僕が理解した範囲で簡単に言うと、

・まずは虫歯そのものに手を付ける
・この歯が残せるかどうかは微妙な状況
・親知らずを抜いてから、さらに虫歯に踏み込んで治す
・しかし神経までダメだったら抜くしかない
・その場合は差し歯(?)かインプラント

ということ。インプラントは保険が利かず、1本40万円が目安だとも。けっこう深刻なことになっているのだな、と玉枝の素敵な香りを嗅ぎながら思った(どんだけ不謹慎な患者なのよこの人)。

 やっぱりわからないですね。
 そう言うしかない。だいたい、僕は

虫歯の治療とはどういうシステムなのか

すら全く知らないのだ。そんなさ、初めて予備校に行って講師に

「分詞構文、わからないと長文で困るよ」

なんて言われたって、「はぁ」としか思えないじゃないですか。そうなのかもしれないし、そういうものなのかと自分を説得することはできるが、ぜんぜん腑に落ちてこない。


 しょうがないので、とにかく治療に。
 なんだっけな、麻酔をかけて、虫歯の部分を削って、歯の根にある悪い部分(?)を取り除き、軽い詰め物をして、みたいな話。麻酔は2時間くらいで切れるらしいが、その後で痛くなったときに備えて痛み止めを処方する、とか。はあ、そうですか(学習できたのか俺は?)。

 目隠しをされる。
 美容室なんかでシャンプーされるときに

顔にかぶせられるアレ

と同じようなものである。もちろん口の部分だけ開いている布切れ。まあ確かに、医者も患者もあんまり間近に相手の顔を見たくはないだろう。正露丸みたいなものをしばらくしゃぶらされる。そして、10分後くらいか・・・。

ギュイーン、ギュイーン、ギュイン!


 なんか恐ろしい音が聞こえてくる。
 パチンコの「海物語」だったら確変当たり確定音みたいなもんだな、と思ったのは一瞬。口をこじ開けられ、折檻の時間が始まる。

し、死ぬほど痛い。

神経をむき出しにして鉄ヤスリでもかけているのか、くらい。そこに空気銃みたいなもの(ピシュゥゥゥゥ!)で激しい突風がかけられる。先生は

「あんまり痛かったら左手を挙げて合図してくださいね」

なんて言ってくれたけれど、挙げたところで何か変わるのかよとガマン。お腹の上で組んだ両手に力が入る。人生でナンバー2の痛みである(30歳のときの腰痛のほうがひどかった)。

 15分くらい?
 激痛は最初の6分(仮)くらいで、あとはギリギリ我慢の範囲内。終わってみると、玉枝と歯科衛生士(リナではない)で治療をしていたみたいだ。玉枝の説明。

>虫歯の部分を削って、神経の手前あたりまでナニ(意味不明)しました。その詰め物はそんな簡単には取れません。そうですね、1〜2週間後にもう1度やりましょう。それが終わったら抜歯ですね。そのあとから虫歯の本格的な治療です。なんとか歯を残せる方向に持っていきたいから、頑張って通ってください。


 治療後にパンフレットを貰った。
 虫歯の治療システムが説明されている。まあでもやっぱりよくわからない。わかったのは、玉枝が言ったように

根気よく治療を続けることが必須

らしき事実。しっかし、こんな痛い治療を受けるために来なきゃいけないのか、と思いつつお会計を済ませた。初診料コミで5,480円。痛み止めはジェネリック医薬品で3錠350円。また1つ大人への階段を昇った気分。今さらかよ。


追記:
一般的な痛みの激しさについて。かなりの個人差があるようだが、「1は子どもの分娩、2は処女喪失」と何かで読んだことがある(痛みにも『単位』があると読んだのは別の本だったも)。3は金的直撃だったかな。こう並べてみると性的な要素が多いのだろうか。僕の場合のナンバー3もそうだった。ちょっとここでは書けないが。

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