予備校講師でわるかったな！

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	裏窓	10月９日

　僕の住むマンションの隣に、賃貸マンションがある。
　１人か、アツアツの２人が使うくらいの規模だ。ちょうど僕の部屋と同じくらいの高さにも部屋がある。30歳前くらいのお兄さんが住んでいる。相手はカーテンをいつも引いているので部屋の中は見えないが、バルコニーに出入りしている姿は見える。

　僕はカーテンを引かない。
　別に見られて困るようなことはしないからだ。だから僕が室内にいても、彼がバルコニーに出るとその姿を認めることができる。たいていは風呂上りに洗濯物を干すようで、

お兄さんは全裸でバルコニーに出入り

しているようだ。面白くともなんともない話である。もちろん下半身は見えないわけだ（見えても面白くはないが）。

　ところが、だ。
　お兄さんの彼女らしき人がそこには出入りしている。お兄さんはふつうの勤め人のようで僕とは生活時間があわないが、彼女さんは昼間、つまり僕が在宅しているような時間に部屋に来るようだ。頻度からすると、半同棲の手前のようだ。そこで、彼女もバルコニーに洗濯物を干すなどしているのだ。すると。

お姉さんも全裸でバルコニーに出入り

してるのよ。いや、下は見えないけれど（見えても面白くはないが）。

　こっちに気がつかないんだろう。
　僕は部屋にいて窓越しに外を見ている。その家のバルコニーで誰かが出てくれば「ああ人がいるな」と認識する。とうぜん、チラッと目をやる。あれ、また彼女さんが来ているなと思う。ずいぶん薄着だなあとよく見ると

ポロリン

なのである。ポロリンというか、そのままなのである。密かな観察によれば、干すのはいつもバスタオルのようで、つまり風呂上りにバルコニーに出てくるのだ。なかなか豊かでいらっしゃる。っていうか、ブラジャーくらいつけろよ。いいのかなあ、タダで見てて。まあ５秒くらいなんだけど、意味もなく息ひそめたりしてさ。

「先生っ、本当にあなたってバカですねッ！」

　件名の映画は、ヒッチコックだったろうか。
　観た記憶はハッキリしない。うろ覚えだが、このような状況よりもハッキリと他人の生活が裏窓から見えてしまい、隣人の生活を（その気がないにもかかわらず）観察するようになり、２人のあいだには人生ドラマが、というストーリーだったと思う。

　と、ここまで書いてからネットで調べてみたら、ぜんぜん違うストーリーだった。
　それは別に問題ない。他人の生活が見えてしまうこと、自分の生活が見られてしまうことって、どういうことなんだろうなと思っただけである。僕たちは裏窓から誰かをのぞくことで、または

のぞかれることで覚える快感のようなもの

を持っている。たぶん。

　見せたくない部分は確実にあるし、見たくない部分も確実にある。
　たとえば、隣人のお兄さんとお姉さんのセックスは見たくない。もし何かの間違いで「裏窓」から見えてしまうことがあったとしても、僕は目を背けるだろう。その営為はあって当然のものなのに、見ることは憚られる。バルコニーに見えるおっぱい姿とは意味が違う。

　自分ならどうだろう、と思う。
　日常生活の大部分は見られてもかまわない。アイロンをかけていようが、風呂あがりに全裸で腕立て伏せをやっていようが、特に問題はない。見せたいといった性的倒錯趣味はないにしても、見られたことに羞恥を感じることはない。

　どこまでが許せる範囲なのだろう。
　「裏窓」を通して見えてしまう他人の生活、また通して見られてしまう自分の生活に、そこだけはダメだ（そこまでは良い）というラインがあるのだろうか。「裏窓」の向こう側とこちら側に何があるのか、あるとすれば何が問題になるのかならないのか、という話である。

・交換可能な自分がそこにいること。
・誰かと僕が交換可能になっていること。

　「裏窓」の向こう側にいるのが、自分であってもおかしくないという可能性。
　あるいは、こちら側にいるのが、見ている人が自分になってもおかしくないという可能性。僕は彼・彼女のドッペルゲンガーであり、彼・彼女は僕のドッペルゲンガーであること。または、その可能性をはらんでいること。僕たちはその状況を危惧している。お姉さんのおっぱい姿を見ながら、そんなことを考えていた。

僕はあなたにはなれないから、どうぞそのままでいて下さい。

追記：このエッセイのシリアスさを台無しにするようなことを付け加える。この隣人カップルは、ひょっとして「裸族カップル」なのではないか。男ならともかく、20代後半と思しき女子がおっぱい丸出しでバルコニーに出るというのは、たとえ見られる可能性が少なくても異常な気がする。幸か不幸か僕も若くはないので、こういう光景を見ても「そうかぁ、おっぱいだなあ」と思うだけである。彼女も「たかがおっぱいでしょ」と思っているのかもしれない。なかなかシュール。
後日追記：書いたのは2009年あたり、実話。住人は2014年ごろに変わり、数年ほど30代直前の女性がたぶん独りで住んでいた。驚いたことに、彼女がまた、いつもバルコニーに全裸または半裸で出てきた。なんか特殊な賃貸マンションなのかと思ったけれど、そういう証拠は得られなかった（たぶん企業の借り上げ社宅）。さりとて2017年くらいに住人は20代後半男子になった。彼女はいないようである。何をヌカっているんだよ、ちっ。

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