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生きる糧 9月4日
  5時53分に震度2の地震。
 目覚めたついでに寝苦しかったので窓を開けると、風がよく入って涼しくなった。すっと2度寝へ。たいへん素晴らしい朝寝になって、9時40分起床。これだけゆっくりできるのも今日が最後ですなあ。


 日曜日の午前中はTV将棋観戦。
 谷川先生がいざ負けん、という最終盤で

将棋盤がグラグラ揺れ出して

ビックリした。げ、地震かよと思ったのは一瞬で、このNHK杯は録画放送だから、収録中の地震だったらしい。当たり前の話だが、TVはリアルと区別がつきにくいメディアだ。

 また面白かったのは、対局者は何食わぬ顔で盤面を見つめていたこと。
 カメラは天井から吊るされているから、地面の揺れとカメラの揺れが増幅して大きく揺れただけなのかも(TV局の建物は極めて耐震性が高いし)。ひょっとして、地震に気がつかないほど集中しているということなのかも。

>くそぉ、2三金が泣いているゼ

と谷川先生は思っていた、とか。カットしないものなんだろうか。


 TV観戦と並行して、ウナギの勉強など。
 本業比20%くらいの労力。また同時に、本業の授業準備も続けた。いつまでやっているのかと思う人がいるだろうけど、なにぶん

授業進行中に準備をする余裕がまったくないスケジュール

なもので、仕方がないんだよね。副業がなければ平日の昼間にコツコツできるにせよ、それなしでは生きていけない負け犬生活なもので。

 もちろん、すべて「授業準備」をしているわけではない。
 授業に関係することをいろいろ調べることもある。ある項目で「ちょっと気になる」ことがあって、あれこれの問題だの昔のテキストだのを捜索する、なんてこともある。広義では「勉強」と言える。ある程度までは今までの蓄積で勝負できるけれど、

それでは教え方がどんどん古びていく

ことも確実なので、こういった勉強は欠かせない。いやほんと、ふだんの授業前にこういう時間が取れればいいんだけどさ。


 今日はヒキコモリ。
 相変わらずの空模様で、さっきまで晴れていたと思ったら正味3分のスコール、なんていう不安定さ。気温はそれほど上がらず、せいぜい30℃くらいだろう。こういう天気も3日連続。懸案の干し物は、寝室で乾かした。

 外出は1回だけ、昼食のとき。
 信頼できるトンカツ屋さんで、感動的に旨いカツ丼。カロリーも値段も高いが文句なし。そのまま自転車で散歩でもと思ったけれど、動けば暑いし、買うべきものもないのですぐに自宅に戻った。エアコンの風の下で本を読み、読書感想文を書いた。


 『私塾のすすめ』齋藤孝・梅田望夫を読了。
 広義の教育を語る対談集。
 両者の考え方がわかりやすい言葉で語られていて、たいへん面白かった。

 梅田の本については、何度も書いた。
 ヒマ「ここ」など。この人の軽快なオプチミズムには共感を覚えるし、生きている人生の種類は違えど僕にとっての「ロールモデル」の1人になっているかも、と思うくらいだ。読書について。

>僕は「心で読む」というのがとても大事だと思っています。言葉を大事にして、それを励ましにして、それを生きる糧にするとか、本のなかに出てくる人の時間の流れ方がいいなと思うことや、その本の中の何に自分は魅かれているのかということから、自分の志向性を発見しようとするとか。僕はそれを「心で読む読書」とか、「生きるために水を飲むような読書」とか、そういうような言い方をしているんだけれど。


 いっぽう、齋藤については何度もけなしてきた。
 けなすというより、「からかう」に近い。3色ボールペンで書き込みされた本が新古書店に売られていたぞとか、なんでもかんでも音読しなきゃ読めないのかお前はとか、とりあえず「××力」ってタイトルにすれば売れるってどうなんだ、とか。

 当然のことながら、注目するからこういう悪口(?)が出るのである。
 価値がないと思っているものは自分の文章に出てくるはずがない。たびたび書いているように、無視は最大の敵意である。揶揄とはいえ取り上げるのは、それだけ関心を持っているということだ。

 こういう感情ってなんだろうな?
 齋藤の著作はいくつか読んだし、どれもそれなりには面白かった(下らないものも結構あったけど)。この本というか対談を読んで気づかされたのは、

ある種の近親・同族憎悪を(僕は)抱いている

ということだった。自分の姿を相手の中に認め、それを恐怖・嫌悪する感情であるらしい。たとえば。

>提案と自分の全人格は、まったく別のものですよね。提案はいくらでもできるものだし。それでだめなら、これでどう、とか。提案は自分の全人格とは別なのに、提案の否定を人格の否定というように受け取ってしまう。逆に言えば、他人に全人格を肯定してもらってどうする、そこまで贅沢になっちゃいけないんじゃないの、と思います。

僕の考え方にかなり近い。だからと言って、「今日から読書は3色ボールペンとともに、レッツ音読!」とか思ったりはしないんだけどね。全体になかなかの良書だと思う。


 5時半にすべての業務を終了させる。
 つけっぱなしになっていたエアコンを切り、風呂を焚き、夕飯の準備をして、アイロンをかけ、入浴する。上にはあまり書いていないけれど、一日にわたる座業はしんどかった。お楽しみは夕食と、何よりビールだ。

 夕飯のメインはサワラの麹漬焼き。
 漬けてから1週間ほどで、このあたりが最後の食べごろだろうか。サブは昨日の残りのシマアジ刺。枝豆と納豆。塩もみしたゴーヤーには、少々のポン酢とたっぷりのオカカ。自家製なめたけと大根オロシ。ビールはもちろんキリンの『秋味』。涼しくはないけど風が入って、良い夜だ。


 明日からドタバタ日記が再開する。
 ほんの3か月ちょっとだと思えればラクだけど、3か月も続くのかという気分もある。こういうときは、

1週間より1日、1日より1時間を処理していくつもり

になれば良い。がんばろう。この日記は、何より好きなウイスキー『サントリー山崎10年』をロックで呑みながら書いた。
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