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将棋のNHK杯戦、史上初の生放送。
2008年3月16日のことだ。
・各15分持ち、それを使い切ると1手30秒以内、但し1分単位で合計10分の考慮時間あり
というシステム。実際の対局だと、短くて1時間、長ければ2時間弱で1局ということかと思われる。
思われる、というのは実際に生で放送されたことがないから。
今までは全て収録で、放送時間1時間40分のうち「対局時間」は1時間10〜30分が普通だった。程よくカットして、放送時間の枠内に収めているわけだ。放送時間の終わる正午が近くなれば、観ている人は「ああもうすぐ終わるな」と思えるわけだ。
この状況は読書に似ている。
どんな本でも、終わりが近くなれば残りのページが少なくなる。物理的なモノとしての本の残りが、物語の終わりの接近を予告するわけだ。内容ではなく、いつ終わるかという終着点を読者はあらかじめ知ることができる。
10時20分の放送開始。
過去の今年の対局や、鈴木大介八段・佐藤康光NHK杯選手権者の履歴などが紹介される。生放送ならではの、応援ファックスの紹介とかもある(こんなんどうでもいいと思うのは僕だけ?)。リアルタイムでの振り駒(先手と後手を決めること)。同じく対局者が駒を並べる様子。このあたりは普段の収録放送と全く同じ。
10時50分ごろ、対局開始。
観ていて怖いのは、解説の聞き手である中倉宏美女流初段が言っていたように、
「何かのハプニング」
が起こることだ。将棋の内容としては、千日手(せんにちて)や持将棋(じしょうぎ)と呼ばれる引き分け→指し直しである。放送時間は2時までと、結果的に3時間以上の枠が用意されているけれど、万が一そうなると枠に入らないかもしれない。
僕が恐れるハプニング。
二歩などの反則。NHKで火事。地震。鈴木八段の「切れ負け」。解説の森内俊之名人のヘンな解説。採譜者の時間計測ミス。不利なほうが盤を引っくり返す(ないと思う)。放送上のテクニカルなミス。佐藤NHK杯がついうっかり『ペリエ』を画面に入れてしまう。
「切れ負け」は時間内に着手できないという反則。
鈴木八段は「早見え早指し」と呼ばれるタイプの棋士だ。指し手が早く見える、つまり考慮時間が少ない将棋が得意ということ。それだけに秒読みと呼ばれる局面(1手を30秒以内に指す;他の対局では1分以内)に強い。しかしそのためにかえって、残り2秒くらいまで着手しないことも多く、時間切れスレスレになってしまうことが多い。実際に「切れ負け」とされる棋譜はほとんどないようだけど、何しろ生放送だし・・・。
『ペリエ』というのは微炭酸飲料。
佐藤NHK杯が愛飲するものだ。しかしもちろん、実際にはラベルを剥がした水のペットボトルが用意されている。何かの間違いでカバンから『ペリエ』を取り出したりしたら面白いんだけどな。何しろ、対局はギリギリの情況に陥るものだから、TVで放映してはいけないことが起きるかもしれない。
11時20分。
順調に駒組みが続く。いつもと同じように、対局場とは別の場所で森内名人と中倉女流が大盤で解説する。ここで佐藤NHK杯は最初の15分のうち14分を使い、
>残り1分です
との声がかかる。最初の勝負手「1六角」が出る。
その直後に鈴木八段にも「残り1分」の声がかかる。
すぐに盤側(採譜者のこと)から、
>鈴木八段、持ち時間を使いきりましたので、これより1手30秒未満でお願いします。ただし、1分単位で合計10分の考慮時間がございます
の声。またその直後に、佐藤NHK杯にも同じ声がかかる。やはり対局開始から30分なので、時間通りに進行していることになる。放送は全て順調。
たしか昨年度からだったか、対局者はマイクをつけている。
主に対局後の感想戦の声を拾うためのものらしいが、対局中も喉元についている。咳払いや、ちょっとした独り言も聞こえてくる。今日は生放送ということもあるのか、両対局者ともに和服姿だ。
様子がいつもと少し異なるのは佐藤NHK杯だ。
鈴木八段をチラチラと見る回数が多い。一般に、棋士は対局中に相手と目を合わせることはないし、顔を見ることもほとんどないようだ。生放送と関係があるかどうかは不明。
11時46分、決戦へ。
鈴木八段が攻めさせられて、飛車を奪われながら「と金」を作る。やや佐藤NHK杯が優勢か。残り時間は両者とも6分程度か。か、というのは、いつもの放送よりも盤面を映す時間が長く、対局室の残り時間表示が見えないため。それ以外のカメラワークなどはいつもと全く同じ。わりに単調な局面で、森内名人の解説も単調。
11時52分、残り時間はともに2分。
森内名人は「少し佐藤NHK杯がいいでしょうか」と言うけれど、僕には佐藤優勢に見える。この時点で正午過ぎには両者ともに秒読み、つまり1手30秒で指し続けることになるかと思われる。
1手を30秒以内で指せば、「1分単位」の考慮時間を使わなくても良い。
だから理屈としては考慮時間を残しておくのは可能だ。次の1手を30秒で指すか、さらに1分使ってよく考えるか、この時間の使い方が難しいのがNHK杯戦である。普通の棋戦では、この「考慮時間」がなく、持ち時間がなくなれば全て1手1分以内で指すのだ。
11時58分、残り時間はともに1分。
優勢な佐藤NHK杯がコマ得していた飛車を捨てて切り込んでいく。さすがに即座に勝勢になるはずもなく、先に佐藤が最後の考慮時間を使う。12時1分。もうこの後は1手30秒で指すしかなくなった。森内の解説。
>勝てそうだけど具体的な方法が見えないのが焦るんですよね
12時3分、鈴木も最後の考慮時間を使う。
ともに秒読みになった。佐藤の体の動きが増えてくる。小刻みに体を揺らす。顔が紅潮している。鈴木はあまり様子が変わらない。盤上はかなり鈴木が追い上げて、今度は佐藤が守りに回る。
30秒の秒読み。
10秒、20秒と声がかかり、21秒からは
>1、2、3、・・・9
と読み上げられる。二人とも最後の「7」か「8」あたりで指し続ける。「8」まで来ると、これは切れ負けかと観ているほうも怖くなる。
12時13分、鈴木が切れ負け寸前に。
コマ台の銀を取り上げて打とうとした瞬間、コマを落としてしまった。コマを拾い上げるのが遅く、盤にちゃんと打ち付けられないまま、「9」のあたりで
>銀打ちです
と言う。どこに何を打つか(動かすか)宣言すれば、一応は「指した」という扱いになるというルール。解説者と聞き手はサッと流していたけれど、ちょっと危なかった。
12時20分。
解説の森内が「(佐藤NHK杯の)連覇が見えてきました」。そこからは一直線。お互いに1手に10秒も使うことなく、8手ほどパタパタ進む。
12時21分、鈴木の投了。
>まいりました
という最後の声は少し珍しい。普通は「負けました」が多いだろうか。鈴木は生放送ということを意識してか、最後は詰みがハッキリ見えるところまで指し、初心者にもわかりやすい言葉で終局を宣言した。立派だった。
自分で負けを宣言するのが、つらい。
以前のエッセイにも書いたように(ヒマここ)、これが他のゲームとは違うところだ。もちろん完全に負けが確定する局面(詰み)まで指しても良いのだけど、基本的には「まいりました」という局面で終息させる。言い換えれば、
勝者は最後のトドメを刺さない
という礼節の世界でもある。
12時25分から、解説者も聞き手も含めて感想戦。
放送時間が2時までなのだが、中倉の案内は「20分ほど時間があります」。表彰式とかあるのだろうけど、1時以降はどうなるのでしょうか。
鈴木も佐藤も、わかりやすい感想戦をするタイプだ。
棋士の中には
「あれやってこれやってああなってこれだから」
「ああそうか、あれでこれだからこれでああなんですね」
なんていう会話をしてしまう人もいる。もちろん普段は、つまり観客がいないときはそれでいいのだけど、やはりTV放映なら具体的にコマを動かして説明してもらいたいところ。
12時43分、感想戦終了。
もうあとはオマケだろう。このエッセイはリアルタイムと同時進行で書かれた。将棋の棋戦ルールの詳細など、多少間違っているところがあったらごめんなさい。久しぶりの実況エッセイはこれまで。
佐藤先生、連覇おめでとうございます。
鈴木先生、お疲れ様でした。
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